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December 16, 2007

慶応の14番~伝説のステップ

慶応ラグビーの歴史の中で、私の印象に強く残っている選手がいる。86年卒業で主将も務めた若林俊康選手だ。

上田監督のもと、1985年には対抗戦4位ながら大学選手権決勝に出場、明治大学と引き分け、両校優勝。抽選の結果、出場した日本選手権ではトヨタ自動車を18-13で、なんと破り、日本一の座についた。このときに活躍したウィングが、若林俊康なのである。

その時のチームは、ほとんどが慶応塾高から持ち上がりの選手がほとんどを占めていたが、この選手は都立小石川高校の卒業。小柄ながら、サムライのような鋭い顔つきをしていたのが印象的だった。そして、何より彼がボールを持ったなら、その俊足。その俊足にライン際の華麗なステップが加わると、相手チームの誰も彼を止めることはできなかった。私は何度もラグビー場でその走りを見たが、流れる時間が違うのだ。周りの選手の動きがスローモーションに思えるのだ。ゆっくりとした時間の流れの中を彼ひとりが、俊敏に左右にステップを踏み、走り抜ける。誰のも目を疑うような光景を何度も目にした。

その若林選手は、三菱地所に入社し、その後もラグビーを続けていたらしい。しかし、トップリーグもない時代、ましてや2部のチームのことは報道で目にすることもなかった。どれくらい月日が流れただろう。ある日の新聞で、久しぶりに彼の顔を見つけることができた。しかし、試合中に頚椎を損傷し右半身が不随になったという彼の痛ましい姿が、そこにはあった。なんという運命だ。

時は流れて2007年。今年の慶応ラグビー部も、なかなかの活躍だ。対抗戦3位。今日の大学選手権1回戦も勝利(vs大体大)。いいシーズンになっていると思う。その核が、14番山田章仁選手だ。当時の若林選手に較べるとその体格は2廻りも大きく見えるが、その活躍ぶりは、往時の若林選手を彷彿とさせる。私の出身地、北九州生まれというのも泣かせる。

インターネットの普及によって、情報検索は容易になった。が、「若林俊康」の名はなかなか見つからない。と思ったら、都立小石川高校ラグビー部後援会理事のリストに見つけることが出来た。高校の後輩を見守る彼のやさしい眼差しが、目に浮かぶようだ。

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Comments

そうなんだよ、きのどくだったよね。その時の地所のキャプテンが後輩で、彼も責任を感じたのか、その時以来長い間身を引いていた。でもここ数年爺さんラグビーに時折出てくる。実は地所のラグビー部が結成された頃助っ人で出ていたんだ。若林君が入部する頃にはメンバーも揃ってきたのでお役ごめんになったけどね。

Posted by: 還暦チャリダー | December 17, 2007 at 11:06 AM

そうですか。あの若林とニアミスだったんですね。身近に若林をご存知の方がいるなんて、すごく嬉しいです。当時、私は入社して間もなかったですが、ホントよく秩父宮に通ったものです。今では良い想い出です。

それにしても、先輩はまだ、ラグビーもやっているんですか?すごいですね。心から尊敬します。

Posted by: しん | December 18, 2007 at 12:03 AM

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